近藤あきとしのストーリー ~その5~

こんにちは
近藤です。

いつもブログをご覧いただきありがとうございます。

当初1回きりで終わりのはずが今回で早5回目となりましたが、ようやく終わりが見えてきました。

いよいよ次回が最終回になる予定です。

書いていないエピソードもいくつもあるのですが、それは別の機会でお話しようかと考えているところです。

いずれ単独の記事として載せることができると思いますので、それまでお待ちいただければと思います。

※これまでのシリーズ
>>近藤あきとしのストーリー ~その1~
>>近藤あきとしのストーリー ~その2~
>>近藤あきとしのストーリー ~その3~
>>近藤あきとしのストーリー ~その4~

来週はプロフィールシリーズの最終回と、新しくスタートする心理学シリーズの連載のプレリリース版をWで投稿するつもりでいますので、楽しみにしていてくださいね。

5,~変化のきっかけと、今思うこと~

カウンセリングの後は、どうしてだか良く理由は分からないけど何となく心が軽く感じる、それだけが実感として残っていたと思います。

誰かと話をして楽になる、そんなことがあるんだということを私はその時に初めて知りました。

それからは、自分が良くなる為に堂々と休もうと思えるようになって、さら休養の延長を会社に申し出ました。

もう一つその理由になる出来事が起きていたのですが、実はその直前に本社の部長から呼び出されて退職勧告をされていたのです。

ある日、上司から呼び出されて職場へ行き会議室に入ると上司に加えて、既に本社の部長が椅子に座っていました。

そして言われたことは「いつになったら仕事に戻れるのか分からない者に机を取っておく事は出来ない。」ということでした。

聞いた瞬間はショックの一言でした。

それなりに会社には貢献してきたつもりでしたし、いずれ仕事に復帰してまた働く気持ちは十分持っていただけに、もう必要ないと言われたのと同じだとその時は感じていました。

ずっと会社の為に頑張ってきてボロボロになったというのに、その社員を労わるどころか切り捨てようと言うのかと思ったら、言い様のない悲しさの後で激しい怒りが湧いてきたことを覚えています。

ただ、そう感じながらも頭のどこかにもう一人の冷静な自分が居て、

「これは退職勧告じゃないか、たしかこんな形でして良いモノではないはずだし、辞める意思がないのに(後に退職することにはなりますが)受ける必要は無いよな。」

などと考えつつ話を聞いていたのでした。

部長の話は今ならパワハラになってしまうような内容でしたが、当時はそんな言葉も考え方もまだ一般的ではありませんでした。

それだけに上から言われれば従うしかないようなところもあったので、普通であれば反論することも難しいことだったように思います。

でもなぜか、その時は悲しさと怒りを感じている自分と、「自分の言いたいことって何だろうか」、「自分の求めていきたいことって何だろうか」と冷静に考えながらその場を眺めている、もう一人の自分が同時にいるような不思議な感覚で、頭の中が妙に整理されていました。

そして最後には、私の方から「私が回復して良くなったと感じたらこちらからお話をさせていただきますので、今後はそちらから連絡をとることは止めて下さいますか?」とスラスラと話していたのでした。

それまでの私は聞き分け良く、言われたことはYESで応えるのが当たり前だっただけに、今でも自分の口から出たとは思えないくらい落ち着いた口調でサラッと話していたことは驚きです。

おそらくその時はもう自分を最優先に考えて良いんだと、自然に思い始めていたのかもしれません。逆にカウンセリングを受ける前だったら、落ち込んで自分の価値を見失って簡単に退職に応じていたかもしれませんね。

それで部長は帰って行き、私は帰りの道すがらようやく煮えくりかえる腹の底で湧きあがっていた怒りをまともに感じられたのでした。

***

その日からは、正当な手続きで休んでいるのだから自分の権利をしっかり知っておいて必要な時には主張していこうと決め、傷病休暇や手当などに関する会社の内規や法律を調べたり、仮に会社との労使交渉になった場合に備えて労働局に問い合わせをするなど、目的が見えたせいか、少しづつ活動的な自分が出てきた気がしていました。

当然会社と争ったりする気はありませんでしたが、なぜかそういった行動の一つ一つを心のどこかで楽しみながらやっていた自分がいました。

どうやら先々を考えることが久しぶりで楽しかったみたいです。

それに不思議なものであれこれ考えていると、それまで辛くて仕方のなかった、活字を読むことや電話をかけることが苦にならないのです。嫌だなと感じることすら思い出さなかった気がします。

もしかしたら人生で初めてと言って良いくらい、心で感じたことと、頭で考えたことと、行動がピタッと合ったのかもしれません。

思えば私はそれまで自分を抑え過ぎて、自分の感情すら分からないことばかりで怒って良いはずの所でもずっと自分の気持ちを抑えたり隠したり、誤魔化す為に逆の感情を出してしまったりしていたのですから、自分の気持ちを主張出来たことは本当に初めてのことだったように思うのです。それが心地よかったのかなと、今は思います。きっかけはあまり気持ちいいモノではなかったですが(汗

***

うつ病になって以来、もしかするとその前からもずっとかもしれませんが、私は自分を責めてばかりいたように思います。

もしも意識というものに矢印が付いているなら、私の矢印はずっと自己攻撃という形で自分自身の方を向いていたはずです。

その内向きだった意識が初めて自分以外の誰かに怒りという形で出て行ったことで、その矢印の方向が内向きから外向きへと変わったのでした。

ずっと固定されて動かないと思っていた意識の方向がクルっと逆の方へ変わってしまったのです。でもそれは周りへの攻撃が始まったのということではなく意識の流れが変わったとでも言えば良いのでしょうか、私の中で止まっていた何かが解放されたようにも感じられました。

ずっと自分を見ていただけだったものが、初めて他人を意識しだしたのだと思います。

このようなコトは当時は気づいてもいませんし、理解してもいませんでした。

何年も経ってから思い返した時、あの日の出来事が病気の回復のきっかけになっていることに気づいたのです。

それからは転地療法で沖縄へ行ってみたり、アクセサリー作りにハマったり、カフェ巡りをしに行ったことのない街へ行ったり、と自分にとって心地いいことをとにかくやってみました。

自分に良いことをしても大丈夫なんだ、という許可が下りたようで、仕事をしていた時には忙しくて出来なかったことや、ずっとやりたかったけど出来なかったことをやってみたいと思うようになりました。

これだけの意識と行動の変化には自分でも驚いてしまいますが、今となってはそのきっかけをくれた当時の部長には、素直に感謝の気持ちを持っています。

***

思えば私はずっと内向きの気持ちで人生を送ってきたのかもしれません。

人を好きになるのではなく嫌われない為に、いつでも自分を抑え本心を隠し、卑屈なほどに他人に尽くし犠牲をしてきました。

ずっと自分自身を全く認められずにいたんです。自分が嫌いでしたから。

きっと本当の自分を知られたら、みんな呆れて離れて行ってしまうに決まっていると固く信じていたので、本当の自分を隠すように他人の役に立つ自分でい続けてきたのだと思います。

だから自分を労わりもせず、他人の優しさも受け取らずに、心も体も乾ききってもうボロボロで限界はとっくに過ぎていたのに、さらに自分に鞭打って追い込んでしまったのですから、倒れない方がおかしかっただろうと、今では思えます。

あまりにも他人の期待や価値観に自分を当て嵌めてきたために、対外的な自分の価値をいくら評価してもらっても、それは仮面をつけた自分の価値でしかないことを、きっと無意識的に感じていたように思います。

いつも本心からは喜べませんでしたし、むしろ日に日に虚しさの方が強くなっていた気がします。

当時の私は、自分の思う最高の結果を残して周りの評価を得られても、私が受け取れる最大の報酬は、「ああ、良かった本当の自分がバレなくて。

人に嫌われなくて済んで良かった」というものでした。

だから私は心の中に誰ひとり招き入れることはありませんでしたし、誰ひとり心から信用することもなく生きてきました。

人との関わりは自分を弱くするものだと思って避け続けてきたことは、今となってはどれだけ愛されることを怖がっていたかという気持ちの現れのように感じられますね。

毎日足もとの階段を一段昇ることに精いっぱいで、顔を上げて目線の先を見て自分がどこへ向かいたいのかなんて考えることも諦めていました。

将来を考えても何も見えないので、常に未来は棚上げ状態で何のために生きているのかさえ分からずに生きている、そんな心理のままよくやってきたと思ってしまいます。

本当の自分て何なんだと思っても、仮面をつけてきた歴史が長い分、もうその仮面が本当の自分のような気もするし、でもやっぱり褒められたところで全然嬉しくないと感じていたので、本当の自分はもうどこにも無いような気がして、それが徐々に様々なことに対して最初から諦めてしまう感覚になっていたようです。

何も期待しない、何も希望を持たない、という感覚が長い間私の心の底に横たわっていたような気がします。

何も受け取らないというのに、他人の評価を使って自分の価値を上げようと頑張り続けてきたことは、いつの間にか私自身を犠牲にすることを疑うことすらなく、ただ自分自身の心を擦り減らしてしまっていたのでしょう。

***

カウンセリングはそんなことを繰り返していた私自身に気づかせてくれました。

誰かに助けを求めることは弱いことではないと、知ることができました。

自分の問題に向き合うだけの「勇気」が自分の中にあることを、知ることができましたそして自分を苦しめるものは自分の中にあったことを、知ることができました。

今では私はカウンセラーとして、かつての私と同じように悩んでいる人たちと、毎日のように向き合っているのですから、その気になってみると人生にはそれまで思ってもみなかったことが起きてしまうようです。

最初はただ自分が楽になりたくてカウンセリングを受けていただけでした。

でも、そうして自分で悩んで苦しんで、助かりたくて、しんどかった所を抜けてこれたからこそ分かることもあると思うようになりました。

私がカウンセラーとしてみなさんに与えられるものがあるとしたら、もがきながら挫折しながら、苦しみを乗り越えた経験くらいかもしれません。

でもそれを知っているから、私だけに分かることがあり、私だけに語れることがあって、それが実感できるからこそ、みなさんが苦しい時でも、信じて見守ることができるし、励ますことができるし、諦めないと決めることができるのだと思います。

上手くいかなくても、また失敗しても、今が辛くて仕方なくても、それでもまだ大丈夫!って言えるのだと思います。

あなたの頑張ったことも、悲しさも悔しさも、不自由さも、愛情深さゆえの苦しみも、全部受け入れていきたいと思います。

うつ病になったことが縁でカウンセラーになったことも、みなさんとの繋がりを持てるようになれたことも、以前とは比べ物にならないくらい、楽しいこと嬉しいことを感じられることも、病気になったことで人生を見つめ直し、生きる方向を見極めてきたから、出会えたものばかりのような気がします。

そう思うと、実は病気が私を苦しめていたのではなくて、病気が私を苦しみから救ってくれたのかもしれないとすら、感じることもありますね。

おかしな考えかもしれませんが、今はそう感じています。

…(その6)へ続きます。

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