こんにちは。
心理カウンセラーの近藤あきとしです。
「もう一度、あの人とやり直したい」
そう願うとき、私たちの心はまるで出口のない迷路に迷い込んでしまうことがあります。
・大好きだった彼に振られてしまったけれど、どうしても忘れられない
・一度は別れを選んだ夫と、もう一度、家族として歩み直したい
・何年も別居が続いているのに、心の奥ではずっとパートナーの帰りを待っている
・以前はあんなに笑い合えていたのに、今では会話さえぎこちなくなってしまった
私のカウンセリングルームには、こうした切実な「絆の再構築」や「復縁」を望む方がたくさんいらっしゃいます。
みなさん、修復への道を懸命に探しながら前を向こうとされている。けれど、お話を深く伺っていくと、ある「重たい荷物」を背負ったまま、必死に歩こうとしているお姿が見えてくるんです。
それが、パンパンに膨れ上がった「罪悪感」という荷物です。
●「私が悪かった」という、痛切な叫び
「あの時、もっと素直になっていれば」
「私がもっとしっかり支えてあげていたら、別れずに済んだはずなのに」
過去の自分を裁判にかけ、日々厳しく罰し続けている・・・そんなクライアントさんは、本当に多いんです。
「私が間違っていたから」
「私が未熟だったから」
「私が愛し方を間違えたから」
では、なぜこれほどまでに自分を責めてしまうのでしょうか。
それは、理由のわからない「別れ」や「不仲」という苦しい状況に、なんとかして納得のいく答えを見つけたいから。誰かのせいにしたり、相手を悪者にしたりできれば少しは楽になれるかもしれません。でも、本当に心の優しい人というのは、誰かを恨むくらいなら自分が悪者になることで、事態を収めようとしてしまうんですよね。
そうやって自分を攻撃し続けるうちに、心はじわじわとボロボロに傷ついていきます。
そんなお話を聴いていると、私の胸もまた、縦に割れるような痛みを覚えることがあります。
●あなたはその時、できる「ベスト」を尽くしていた
だから今、少しだけ立ち止まって、当時のあなたを客観的に見てあげてほしいんです。
状況を丁寧に紐解いていくと、じつは誰が悪いわけでもなく、ただお互いに余裕がなかっただけだったり、どうしても避けられない環境の変化に飲み込まれてしまっていただけだったり・・・そんなケースがほとんどです。
あなたは、あの時のあなたなりに、精一杯頑張っていた。
我慢に我慢を重ねて、それでも守りたかったからこそ、苦しんでいた。
もう、自分を責めることは終わりにしませんか?
あなたはもう、十分すぎるほど自分を罰してきたはずです。
幸せの方向へ踏み出そうとするとき、自分や相手を責める気持ち(攻撃性)は、足を引っ張る「重石」にしかなりません。誰かを(あるいは運命や自分自身を)裁いている間は、「愛」という温かい場所へ一歩も近づくことができないからです。
●罪悪感の裏側に隠れた「大きな愛」に気づいてほしい
ここで、ひとつだけ覚えておいてください。
「罪悪感の深さは、あなたが相手を愛したいと願った強さに、そのまま比例する」
「どうして愛せなかったんだろう」と後悔できるのは、それほどまでに「愛したかった」という美しい想いを、あなたが持っていた証拠です。どうでもいい相手になら、私たちはここまで悩んだり、自分を責め続けたりはしません。
自分を責めるのをやめることは、無責任になることではありません。
自分の中にある「愛」を、もう一度信頼してあげることです。
復縁や関係の修復を目指すなら、まず「彼を愛しなおす前」に、「ボロボロになった自分を愛し、労わること」から始めてみてください。
自分を許し、心に少しだけ余裕が戻ってきたとき、あなたの瞳にはかつての輝きが戻ります。「彼が大好きだった、本来のあなた」として、もう一度まっすぐに向き合えるようになるために。
あなたが再び大切な人と手を取り合い、以前よりも深く、しなやかな絆を結び直せる日が来ることを、私は心から応援します。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。次回もお楽しみに。
それでは、皆さんが健康で、心穏やかに、いい時を過ごされますように。
心理カウンセラー
近藤あきとし
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